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『絵本版』とはフレーベル館で出版している『アンパンマン』の絵本作品群の呼称。数多くの『やなせパン』の中では、最も親しまれているバージョンであろう。 ※注 当コーナーで取り上げるのはやなせ先生執筆の作品のみで、『アレ』(アニメ『それいけ!アンパンマン』)をベースにした『アンパンマン・アニメスペシャル』や『アンパンマンアニメえほん』などは関係ありません。
やなせ先生はラジオのシナリオを書いていた頃、絵本作家としての仕事に憧れていた。その夢への第1歩は1969年(昭和44年)4月、フレーベル館の月刊保育絵本『キンダーおはなしえほん〔1969年(昭和44年)5月号〕』に掲載された『やさしいライオン』だった。やなせ先生をフレーベル館に紹介したのはコーラスグループのボニージャックス。ボニージャックスは、当時、フレーベル館に依頼され、フレーベル少年児童合唱団の指導者を行っていた。また、やなせ先生の親しい仕事仲間でもあった。『やさしいライオン』は、以前、やなせ先生と作ったラジオドラマの絵本化をフレーベル館に持ち込んだものである。
アンパンマンとあんぱんまん アンパンマンの名前の表記は1982年(昭和57年)まで、ひらがな表記とひらがな表記で混在していた。やなせ先生はこのことについてこう語る。
ところで、アンパンマンと片仮名になったのはもっと後のことで、最初の絵本は『あんぱんまん』と平仮名である。つまり、幼児絵本は平仮名という公式にしたがった。 1982年までにカタカナの「アンパンマン」が登場したのは、1975年の『それいけ!アンパンマン』と1981年『アンパンマンとサンタクロース』の2作品。この2作が例の公式に関係ないのは、初出が保育絵本(幼稚園や保育園で購入する『キンダーおはなしえほん』や『キンダーメルヘン』などのこと)ではないからだと思われる。保育絵本にカタカナの「アンパンマン」が登場したのは、1983年(昭和58年)のこと。 和式から洋式へ 『絵本版』は、縦書き文に左流れの和式絵本だった。しかし、1985年度(昭和60年度)の作品から、横書き文に右流れの洋式絵本になっている。フレーベル館全体の方針変更によるもの。個人的には和式の方が、味があって好きだったのだが…。 このキャラクターは、いつ登場したの? バタコさん、チーズ、カレーパンマン、ホラーマンは、残念ながら「初登場的エピソード」が存在しないようだ。『いちごえほん版』(1976年〜1982年)や『読売新聞版』(1990年〜1994年)などと両立していたがゆえの見落だと思われる(やなせ先生の頭の中では登場していた)。「バタコさんが、ジャムおじさんの娘だ」という誤解が広まったのは、ここにあるのかもしれない。
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